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海の日の頃

夏野菜が嬉しい季節です。作り置きしてしまいました。

水星の逆行も始まっていますね。ネガティブにこれを捉えることなく、自分を観るに最適な時間と思えれば素敵です。そしてもう少しすると、夏の土用も始まります。夏の土用は火気と結びつきますから、対応する臓器は心臓。自分の足元や、道のりを確認する時期でもありますから、より心やハート、魂、などについてという事になりそうですね。

自分を取り巻く環境
自分の本来の望みや希望
魂が望んでいること
等々。

本当の自分と言うものを見つめるよい時間でもあります。
他人の事は割合観ていてわかるものですけれど、自分についてとなると苦手な方も多いのではないでしょうか。
時代は刻々と変わってゆきます。よりよい流れに乗るために、振り返ることにより開運へと繋がる時期でしょうね。

光を見つめることは眩しいし、闇は痛みを伴うから…って思ってらっしゃる方。
その概念すら当てはまらない人達がこれからどんどん時代になるんでしょうね。

聖霊などのサポートを受け、佐々木鉄晴(P)がお手伝いいたします。
お気軽にスピリチュアルカウンセリングお申し込みくださいね。


じめじめの季節に

この時期、釧路には霧がかかる日が多く、お洗濯やお掃除はなんとなく気分がのらないなぁってことあります。
環境や身体や未来の事を配慮なさって自然にやさしい生活している方も多く見かけるようになりました。頭が下がりますね。

 
そこまでの事、私は考えてるのか…っていうと…若干に環境も少し考えつつ、どっちかと言えばコスパがいいものだったらなおいいよね。と思うお恥ずかしい程度なのですが、よくゲストに尋ねられることが多いもので…今回はこんな話。
 

市販の洗剤も結婚してそこそこ経ちますから長年色々試していますけれど。
普段はお掃除用に揚げ物の残り油を石鹸に夫が自作してくれますので、鍋やレンジ周り、洗濯のポイント汚れや布巾洗いはある程度事足りています。

 

 

あれが、もう残り少なくなってきたので頼まないと

 

これは長年の必需品なのでまとめて購入しました。粉タイプの酸素系漂白剤です。ぬるま湯に溶かして使うタイプのもの。蛍光剤とか界面活性剤とか入ってないタイプのただの過炭酸ナトリウム

 

洗濯槽、浴槽、トイレ、排水管掃除にも。普段のお洗濯もこれだけにしている事も多いです。

普段は、布巾、マグボトル、コーヒーポットなどのものにも使ったりできますしね。床や壁のお掃除には、青森のヒバ油をプラスして使っています。

 

ちなみに洗濯柔軟剤は市販の香りが苦手なものが多いので、仕上げはクエン酸で作った柔軟剤を使用しています。香りもつけたければ精油を使ったりするとよいですよね。

スピリチュアルな本を沢山読んでいる方などの中では、頭の中で目覚めた人達は地球に優しく、だから私も!って使命感重視の方も見受けられます。せっかく素晴らしいことしてるのに、とってもオーラが楽しい風ではなかったりすることも…残念ながらあります。これが、普通の洗剤でもオーラが幸せな人、周りを幸せにする人はたくさんいらっしゃるんですよ。

自分の愛する身近な人達や、自然に身を置いてみた時の事を思い浮かべて、身の丈に合う所からだと、きちんと地球に足がついていて素敵だな…それが長続きの秘訣のように思います。

私も決して掃除好きという訳ではありませんけれど、こういうことも無理せず楽しんで長く続けてゆけるといいよね。


幾分か素敵な方を…(後)

クリエイターで才能のある人はたくさんいらっしゃるから、この20年近く歳月の間にシフトしても良さそうなものなのですけれど…。
間髪入れずに仰られた言霊の強さに驚きまして…

実はその頃、洋服を作る型紙工程に入っていた時期でした。
やり遂げるか自分にも未知でしたから、それも言わずに帰って来たんだけれど…。
振り幅の中庸を見出すのに時間のかかる呑気な私を知って仰ってくれたのでしょう。

紆余曲折…ご存じでもそうなのか…魂を選ぶか…

私の周囲の所謂霊的に敏感な人達の共通して欲するもの…
彼らに言わせれば必要なのはパワーや氣、そういったものではなく…
『なにもないこと』『邪のないもの』それがいかに希少かという事。

彼らにとってはパワーアップするのは造作もない事ですけれど、作り手のパワーがあるように見えて邪のあるもの、念の強いもの。そういったものの処理に気や時間を使うことの方が大変。故に無邪気、それこそが素晴らしい。のは時を経ても変わらないそうでして…

 

 

他にもある!って言う為に頑張ってみたものの未だ、なかなか見当たらないなぁ。と。
この歳にもなり、あれから色々見聞した今なら確かに頷けるのです。

けれど、若い時は周りが力強い霊能者ばかりだったものですから、天真爛漫と呼ばれながら、自分の力が無い事やそんな人間が作品を作ってもいいものか等々…もうそれは人間失格の烙印を押されているような気分になったものです。
当時『人の幸せの為に頑張って、それ自分の幸せになるの?』と心配してくれていた人もいましたっけ。

有難いことに、だから今こうしているのだと思う。

 

 

退院した後、命とは反対の残骸ひとつひとつと対峙し、責めずに受け入れて、脳のシナプスの極小の振り幅を幾分が素敵な方に繋いで繋いでいっただけのこと。
残骸と対峙すること。それはある種、殯の時期のような…。
それは難しいことだと周りを見てて確かに思う。見ざる言わざる聞かざる。触れずに忘れてそして何かの所為にすれば楽だからね…。

どちらも同じなら佳き方を…その方が幾分か素敵だ
と、思うだけ。

天衣を作るほどの腕前はなくても…天衣無縫と人間失格の中庸みたいな所でもいいじゃないか…とは思う。
この言葉的に佳い対比だなと思って。
これが出てくるアニメ(文ストはみてます)的でも、作品名でもないんだけれどね。

ニュアンス的に伝われば幸いです。

 

そうそう。
物を作るクリエイターさんにレイキはお勧めです。
作品のクオリティにプラスされた、霊的にもお行儀のよいもの。つくれるのも佳いよ。