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お盆頃のつれづれ

お盆的ルーツな感謝のバランスとるのって大事よね。という事で今日は母方を。

 

こちらでは一番最初の孫。
この頃から、30㎞程離れた祖父母の家からお迎えが勝手にやってきます。
これは叔母と一緒の写真。娘時代の叔母たちも住んでいました。

このバイクは祖父が私を後ろに載せた際ウィリーして、後部座席の私がするっと落ちたそのバイクで、この先の夏、落とされることを知らない天使の頃

上の写真くらいの頃、連れてきたはいいけれど余りにも泣き続けたため、家に送り届けた際、祖父はまだ車の免許を持っていなくて…近所の人が送ってくれたという事がありました。

 

なので、祖父は運転免許を取得し車を購入 その記念
以降、祖父母が私をお迎えにやって来る回数が飛躍的に増えます。

そうしているうちに…

 

叔父叔母たちが結婚して年々メンバーが増える

 

増える

 

増える

 

増える

お盆は所謂、本家に嫁いだものが多かったため、そちらに。
夏はなかなか全員が揃わないので、冬の写真の方が多い。

 

中学生とか高校になると、
夏休み一緒に遊べないの?とかよく同級生に聞かれたが親族行事最優先でした。
こういう集まりの時、子供チームと大人チームで卓が別々だったりします。

 

 

 

このあたりでやっとPさんも登場。Pさんにとっても楽しい思い出。
なんで正月にバス貸し切りで温泉で宴会して帰ってくるのとか、この人数で出かけるとかっていうのがカルチャーショックだったようで…

 

帰れなかったけど…その分作業しておきました(*^^*)
こうして写真使っても、本人達もまぁ多分暖かく見ていてくれてるだろうから使えるんだけどね。
ありがとう


盆の入り前

明日から盆の入りですね。

夏、子供の頃は父の仕事の繁忙期、唯一父といられる娯楽と言えば墓参りでした。
家では当たり前だったから普通だと思っていたけれど、変わっているみたい。
この間虫干しした写真、写メればいいか…

お盆時、父に会うためには父の仕事現場にいればよい。という事で日時を合わせて集まるのは墓の前。写真当時は、お盆までにお墓を…と、石材職人の父は夜中まで現場に出て(墓地)仕事してることが多かったのです。

そしてみんなで集った後、父はまた現場へ。
なので、子供の頃、父方との写真は墓地の写真ばかり。
お盆だし、写真もそんなにない世代だけれど
今日はその中から…周囲の人達を ちょっとあーしてこーして。

 

叔父が撮ってくれていた
一番歳が近い2つ上の従兄と何年か同じ場所シリーズ

 

1歳
ちょうど、つかまり立ちするのによかったらしい。
そして掃除の邪魔にならないのでここに保護されている。
横の従兄はしゃがんでくれているので同じような背丈になっている。

ちなみに、うちの墓でも親族の墓でもない。
父が『俺ここ、知ってるから大丈夫だよ~』みたいな…

 

2歳

洋服は母が作っていた
きっと母もおしとやかに育つと信じていた頃

 

言葉が遅かったらしく まだ話せない頃。
この頃は前頭葉が発達していた クジラ族だったからだろう(あいまい)

 

幼稚園くらいかな…(どんどん丸くなってきたころ)

従兄が来れなかった時は、一人で撮ってくれてたんだね
同じ場所で撮り続けてくれるのって、成長過程が見えてなんともありがたい。

 

小学生低学年頃

墓地でスイカ割りもする。
スイカは写っていませんが、ちゃんと割れなかったので目を開けて割っています。
この頃、私の中では夏休み最大の娯楽だから楽しくてしょうがないの。

この写真頃までは母が作ったニットか布のワンピースでしたけど…

スイカ割してピンクのわんぴーなのにこれですもの…
もうおっさん…っぽいでしょ

 

この日も父は仕事だったらしい。
あれっ?って思って拡大して確認したら耳に墨付け棒乗せている。
この後 現場に戻っていったのだろうなぁ…

 

お盆の頃の こんなこと


立秋の頃

暦では秋。
先日の七夕(北海道の多くは一か月遅れです)
満月近くっていうだけでもなんかロマンチックな…
そんな七夕は蝶に好かれました。なんかちょっと七夕感と違う気が…

秋らしいものを。
最近キノコ類が特売されているのを見るとわーっっと買ってしまいます。
小分けにして冷凍するのも便利。

まいたけとぶなしめじミックスで秋らしくこんな感じ

お身体の調子がいい方もそうでない方も
今、こうして頂いている身体にも感謝をね。

引き続きご安全に