「白い箱の国のお話」カテゴリーアーカイブ

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この国には主に二つの街がある。
街全体が賑わっている所、住宅街のような所、同じ国とは言え、設えなどはその町の文化を反映しているのか趣が異なる部分も多い。
それぞれによい所があり、また個々により好みがある。

この街に前に来たときにはこんなんじゃなかったのよ。
いつからか半分以上がご高齢の方の街になっていてね。給仕はみなそちらの方に御付きになるから、私達は彼らに敬いを以ってこうして隅っこで静かにしてるだけなの。
と彼女は微笑んだ。

平均年齢の高い街のようだけれど…とは思っていたが、何人かここを訪れたことがある人は一様に同じことを話す。

ここはこの間の街とは違い、昼夜を問わずそう賑わう事もなく、夜になると人出も少ない。夜にはラウンジも閑散としていて、真夜中の夜道は郊外かと思うほど静寂に包まれている。

 

 

ご高齢の方々は食事時になると、メインダイニングでお行儀よくナプキンをなされる方が多い。
静かに椅子や車椅子に座っていること
決められた時間に眠る事
たくさん寝ていること
静かに食事をとる事…
マナー講師が、彼らに厳しくレクチャーしていたっけ…。
若者たちは自宅で自由に食べることを好んでいて、あまりここへは訪れない。
せっかく訪れたのだからと、メインダイニングの隅の方で食事を楽しんでいた。

 

 

 

故郷に帰った後、何気なくテレビで流れる番組を見てメインダイニングの彼ら達の事を思った。
きっと、sakoujyuという国へゆく支度をなさっていた方もいらしたのだろう…。

より静かな人材が尊ばれるという国…か…。

去来する複雑な思いを噛みしめた。


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『あるお金はある程度子供達にももうくれてやったんだよ、ここでは使い道がないからね。』
と、驚く金額を放った後…
『けれど、くれた途端来なくなった子供もいる故郷にもずいぶん帰ってない、帰っても一人だけれどね。家は残してあるんだよ。』
…と、彼は紫煙と一緒にため息をついた。

 

いつもは穏やかな振る舞いの彼にしては珍しい。
上等な身形で話しかけてきた老紳士の話をこの国特有のジョークかと思ってやり過ごした。

給仕が、沢山の事業を成し富をお持ちになっていてこの国にもう10年近く滞在していらっしゃると、その後こっそり教えてくれた。

サロンでは時折麻雀を嗜み、青年達に丁寧に役の作り方をレクチャーしたり、ラウンジでは青年達の尋ねに応じ、それまでに培った仕事の経験や智慧などを判るように噛み砕いて伝えていた。

『どこにいても学べることはあるよ、まだまだ君たちは若いのだから。』

 

また新しいお茶を見つけた時などはよくお茶会を催して振る舞ってくれた。

 

ある日いつも穏やかな彼はディナーの際にひどく嘆いていた。
塩分や栄養など、彼の肝臓に配慮された特別ディナー、そしてその後そっと差し出される 彼の為の大量の薬に…
キャンサーも進行している。と、この間給仕が話していたっけ。

 

故郷に帰れる間に帰りたいけれど、これから命を削られてゆくだけなのに故郷には帰れない…
ならば存在していることさえつらい…
ディナーの後のラウンジで、唯々何も言えないまま彼の涙を見ていた。

 

翌日からしばし彼はいなかった。
失意を察した者達が保養地での静養を勧めたらしい。
数日して戻って来た彼はほんの少し無口になった。

きっと今頃も上等な身形で、時折訪ねてくる子供とお気に入りのカフェで、故郷からのお土産に舌鼓を打ちながらお茶でもしているのだろう。