カモミール亭

看護や介護のお仕事をされている方は毎日が時間に追われ大変だと思います。
しっかりと休息を取り切り替えの時間を作る工夫をする事が大事だと分かっていてもどうすればいいのだろう?という方も多いのではないでしょうか。
そのためのアドバイスやレイキヒーリングも行っています。

最近は看護や介護というお仕事をされている方だけではなくサービス業を行う人は疲れている方が多い印象を受けます。
疲れているのに「疲れている」と言えない頑張り屋さんが多いのだと感じます。
自分自身が疲弊してしまわないうちに休息をとる勇気も時に必要です。

前向きに進んでいるときには次々とアイデアが浮かぶことがあります。
自分自身の身体を労おうとすれば休息の仕方、そのアイデアは浮かんでくるでしょう。

休息をとったのだけどかえって疲れてしまったという経験は誰にでもありますね。
日本人というのは休息をとるのが不得手な民族なのかもしれません。

カモミール亭

この仕事を始めたのは、師から「佐々木さんやれるんですから、やってください」そんな感じでした。

数年拒絶していたもののひょんな事から自分が言い当ててしまう出来事がありもう逃げてもいられないと観念しました。それでも自分の事は判らないもので、師からのアドバイスで家系を調べてみることに。嬉々として家系図を書いてきた父。そこには色んなことが書き加えてあり見えてきたものがいっぱいありました。
小さい自分に育ての里親の元に出された父。若い頃の父は、家系のことを話さない人でした。
太平洋戦争のドキュメンタリー(昭和40年代はよくテレビでやっていた)を見ていると、急に怒り出し「戦争のせいで俺の人生は狂ったんだ」と言っていたのをよく覚えています。

父が育ったのは青森下北半島の東通村、「日本一貧しい村」と新日本紀行アーカイブで見たのは最近の話。その町から父は後を継ぐはずだった家を捨て北海道に渡ってきた。

話は戻ってその家系図には恐山でイタコをしている叔母さんが居ることが書いてあった。
師に言わせると、ご先祖様のおかげでもう修行は済んでいますからとの事だった。
そう思うと、自分がなぜメッセージを受け取れるのかが判るような気がします。父が果たせなかった事を自分がさせていただく。父のおかげで自分に役割が与えられたんですね。
自分が受け入れた途端思い出したことがあります。
トイレのドアを明けると白装束の叔母さんが立っていた。怖くなってもう見えないでくださいと夜中にベッドでうずくまっていた少年時代。自ら回路を閉じたあの頃。他にもたくさんの小さい頃の記憶。いつも守られていたんですね。

今はなぜ怖くないのだろう?修行をしてきたおかげだろうか。でもまだまだ人間修行が足りないのです。

カモミール亭

僕たちの身体には五感で感じたものを補正する機能が備わっています。
それは知識や経験であったり常識というのもあるでしょう。

写真で見るのと実際じゃ大きく違うことがあります。
自然の中で景色を見た後に、目を閉じ感じてみたことは誰でもあるかと思います。
その時にどう感じたか思いだしてみて。
風の音、鳥の声、波の音、草花がささやく音…
風の香り、花の香り、土の香り…
陽の暖かさ、自然の優しさ…

目を閉じてみて初めて感じられることは多いのではないでしょうか。
ハートで感じる事の大切さ。
その感覚を磨いていけるといいですね。

五感と誤感…似て非なるものですから。