レイキをはじめる頃の事

先日、23年ほど前の曲が急上昇しているのを懐かしく見まして…
今もきっと必要とされる方の多い曲だろうなぁと思っていたら、新バージョンを見た方が気に入っているのを目にして、なんだか嬉しくなりました。

今は本当に便利な時代になりましたね。簡単に見つけることも繋がることも出来るのですから。みなさんには楽しんで進んで頂きたいなぁと心から願っています。

 

 

当時はSNSはありません。ネットはあったんですけれど回線速度がもぉびっくりするほど遅くてどこかのHP開けるだけで5分くらい待つ、なんてことは普通にありまして…何かを探すだけでも膨大な時間がかかる時代でした。

あんまり書くと老人っぽいかなぁって敬遠していたんだけれど、昨日は私もしょぼいけどネット老人だったわ!って思う新たな出来事があって、判らないながら入っていったら、既にやっぱりいてくれたみたいな人達がいて、きっとたまにしか見ないかもしれないけどなんか釧路っていいなぁ、ってほんわりしたり、今年も月下美人が咲いてくれたし今日は小暑だし、たまにはいいかな。

あまりサロンの経緯など書かない私ではありますが、そんなことがあったので今日はその頃のことを。
って事で以下ご了承ください。

 

カモミール亭を始めるきっかけとなった、レイキというものを知るのは2000年前後だったと思います。

その熱意と行動力で著書をたくさんお出しになり、西洋レイキと直傳靈氣の懸け橋となり、現在では直傳靈氣の大師範でいらっしゃるフランク・アジャバ ペッターさん。当時は来日して他のセミナーで札幌にご滞在の機会もあり、札幌でレイキの伝授をしますけれどご一緒に伝授を受けませんか?と私達のレイキの師にあたる方にお誘い頂いたのが知るきっかけとなりました。本などの取材をなさっていた頃だったように伺っています。

フランク・アジャバ ペッターさんの熱意が伝わり、直傳靈氣も徐々に学べる環境が整い始めるのはもそれから少し後の事。

情報も今ほど得られない時代でしたから、それ以前からフランク・アジャバ ペッターさんとお知り合いである師から学ぶ選択をしました。直傳靈氣と西洋レイキ両方の情報を受け取る環境を作ってくださり本当に恵まれているなぁと思ったものです。お陰様でたくさんのレイキを学ぶ者同士の学びの機会やご縁を作ってくださったこと、とても感謝しています。佐々木鉄晴はサラリーマンで、視えているという自覚もなければルーツも知らず、カモミール亭になるとは夢にも思っていない頃でした。

ですので、私達はフランク・アジャバ ペッターさんの西洋レイキの孫弟子ということになります。

札幌で同じように学んだ人達がすぐ会えて練習してるのを見ていて、ここでも出来たらいいなぁって思って現在に至るのです。
ってサロンで学んだ方にはお話しすることもあるんだけれど、書いたことはなかったかも(この辺りが生徒さんにお叱りを頂くところ)

私がレイキを取得した理由は色々ですけれど、何よりも靈氣の創始者、臼井先生の名前が甕男(みかお)だという事。
小学生くらいの頃、理由は忘れましたが『みかお』と呼ばれることが私に多々ありまして、そのような名前は滅多にないと思う。ってその頃は思っていたんですけど、巡り合えた驚きでした。

たくさんの方のご尽力があり、色々な道を辿るレイキの世界ではありますが
どんな道を辿ろうとsourceはひとつ

臼井先生がいらっしゃったらそう仰るんではないかしらと思ったりします。

 

ばっさり割愛して、それから随分歳月が経ち生徒さんとSNSなどで繋がることも多くなり嬉しく思っています。

 

釧路も他の地域に比べ冷涼ながら夏の気候となってきました。霧の季節、体調管理に気をつけながらお過ごし下さいね。