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春分頃

昨日はやや風の強い午後…
出先でPさんと止めてた車内でスマホを確認していた時。
あれ?今車の前を通り過ぎたのレイキの生徒さんよね…
二人仲良く春の陽気に包まれて…あぁ美しきかな。

 

そうそう。先日来目にするものが面白くて…

例えば、ずーっと前に言ってたことをさりげなく実現してるのを目にする。とか…

未来を常に臆せず探してる人とか…。
見てると面白いんだよね、その目の付け所

ゆっくりでも早くても変化を受け入れるって素敵なことよね。
見てるのは過去でもなく、遠い未来でもなく、今なんですもの。

そうして瞬間は過ぎてゆく 春分

春の分け目ってどうして書くんだろうね…。
明日もまだ今までと同じ明日があると思っているのだろうか…。

 


(艶出しの卵を塗るのを忘れた)

 

 

しなやかに変化も受け入れて輝いてほしい。と願っています。
しかしながら、私達の命をもっては有限。
例え魂が無限であっても…

今日ね、知人のTLで外国の方のレイキ修了書って初めて見ました。
日本発祥のレイキはアメリカに渡ったから外国でも多いのだけれど…
深淵を知るには…
世界中ってことは…中国もか…
そうよね…あぁ……。

最近は3rdまで割と短期間で進む方が多くなってきました。
トレーニングなどでも、自分のスキルアップを惜しまない方が増えましたね。
時代の変化を感じていらっしゃるのでしょう。

これからも目の前のスマホ画面見ながら過ぎてゆくことはできるかもしれないけれど…
その間に周囲では佳きにつけそうでなきにつけどんどん変わって行ってしまうだろう…。

それは高速や外環状が出来て道の流れが変わってたのと同じように。目に見えて

 

そうしていつまでもこんな記事スマホ見てないで、今一歩踏み出しませんか?
どうぞいらしてくださいね。


福司酒蔵開放日

先日の日曜、
中学時代の同級生が旭川から遠路はるばる酒蔵開放日に合わせて釧路へやってきました。
随分並んで待っていたものの、お目当ての商品には巡り合えなかったようです。

が…
何とか…会えましたね。ラッキー。よかったよかった。

ありがとう。ありがとう。そしてありがとう。

 

 

ほんと時の経つのは早いものです。

若い時はとても旭川が大好きで絶対にこの街を後にすることはないと心から思っていたんです。
人生何があるかわからないものですね…

まぁ、だから今があるのかもしれません。


サンタフェスタとブラックソルト

前々回書きました、FBメッセンジャーの一件
サンタフェスタと言うイベントの際ご一緒した方からのものでして…。
その時に飴とかじゃなくてもこんなのもいいかしらん?
とブラックソルト渡したんですけどね。

サンタフェスタって私達疎いもので、
お名前も存じ上げない方も、その時だけお会いするという方も多いのです。

その時お渡ししたブラックソルトのご依頼でした。

王子の格好して10年以上くらい行けばそんな日が来たわっ。
なんてうれしい。

普段は、カモミール亭にいらっしゃる方向けに置いてあるのですが
気に入ってくださったようで…。

2か月お待たせしました。ありがとうございます。
ピカピカになっちゃってください(*^^*)


3月ですね

一昨日から大荒れの道内でしたが
卒業式のTLが流れてくる季節になりました。
育てた親御さんの喜びも伝わってきて嬉しい気持ちになります。
受験中 受験前、という方も多いでしょうね。

また先日は、まだ伝い歩きのお子さんと束の間遊ばせていただきまして
手を繋いでくれたりしたので、もぉかわいいっ!頬が緩む。
君はどうしてここに生まれてきたんだい?
なんて聞きたくなっちゃう…。
未来が明るい世の中でありますよう。
なんて願わずにはいられない気持ちになります。

受験前後、デリケートな親子関係でお悩みの親御さんも多い時期です。
ゆっくりと深呼吸するような気持ちで…
お話をしにまたはヒーリングにいらして下さればと思っています。

あっそうそう。飾りました。
未来の大人達へ、サポートする人達へ
北の大地に降り立つ命達へ またその父母となる人達へ

みなさまが明るく生きてゆけますように


カモミール亭は釧路中央ICから車で5分です

3月12日道東道が阿寒までやってくる。
それに伴って、釧路外環状道路も開通区間が延長します。

先日、
遠方から釧路へいらっしゃる方へ、それはICが開通後のお話だったので
カモミール亭は釧路中央ICから車で5分だよ。とお伝えしたのです。

インターチェンジから5分 そんなことが生きてるうちに言える日が来るなんて!
うきうき。

 

公園挟んで左右がICになるわけです。
ハーフインターチェンジ故いったいどう説明すればいいのやら…という事で調査へ。
撮り忘れたショットもあったので2回行っちゃいました(笑)

釧路から阿寒方面への乗り口で、釧路東ICからの降り口は現在こんな感じ。

 

 

阿寒方面からの出口

 

 

阿寒方面からの降り口。市内方向へはここを降りたら右折。

 

左折すると運動公園…あれ?看板新しくなってる気がするけど気のせい?

 

このゲート前の道路の左右にICがあります。

 

ここから釧路東へは乗れます。
現在の様子。

 

 

 

公園から道路にある看板を撮るために 公園の築山目指したのでした。

本日は喧噪などどこへやら、な公園でしたが…
開通すると賑やかになるんでしょうね…。


世界が欲しがっているけれど…知ってる?

まぁなんです、バーチャルな世界なんですが、そうでもない。
何度か書いておりますスマホゲームのingress

このゲームを思いっきりざっくり言いますと、
ゲームに搭載されているGPS機能を使いまして、実際にその名所旧跡などに行くと、そこで御朱印貰える。
みたいなところから始まるのですが…

それは世界各国で行っておりまして…
このゲームをしていますと、通りすがりにこのゲームで観光に来た方など判るようになる…。
していない人から見るとそんな超能力が身に付くものです。

そして改めて自分の住んでいる街を見直す機会になったり…
この町について、ぼんやり思ってみたり…
プレイヤー自らが、街の観光コースなどについて考え制作する機能もありまして…
実際、世界中のプレイヤーが回ってたりする。進化させるのもその町の人たち次第。
なんともはや。

視点はもちろん色々。
活動領域が子供の頃からから大人になってゆくみたいに。
各々がそれぞれなんらか考え、何かをしている。
誰に強制されたわけでもないのに。
まーじーで。まじでまじで。

目の前にあるスーパーにでさえ車で行くほどだった人が歩く歩く。
気が付けばスノーシュー買って山も歩く。胸熱(実話です)

歩く 動く 考える 作る 創造していかないと成り立たない。
一人でも成り立たない。よくできたものだなぁだと思います。

これもその一つ。
実際に毎日そのどこかに休むことなく出向く巡礼
24時間以内に日々八十八か所、
日々サンティアゴ・デ・コンポステーラのどこかみたいな部分…。
最高位は360日。

あ、タイトルね。
そういうわけで世界が欲しがっているのですよ、この地を。
ここ聖地ですから。

今日のラッキー方位とか目にしたりするでしょ。
南とか南東とか言われちゃうとすぐ海だけど、どこに行けばいいのよ~
と旭川育ちの私は思うんですけどね。
その海の向こうがある。という事はすごいこと。

そう言えば、釧路は観光立国モデル都市だとか…
これ今までと同じような父性主体では…
なかなか受け入れられない時代になってるのにね…

足は大地に、理想は高く、心には愛を!
エンリケ・バリオスの本に書いてある一節ですが…

その足で大地を踏みしめて見えてくるもの…。
愛を届けたくても魂の足腰がなければそれは見えない…。

その手はどこを向いている?なんて…
そんなことを最近はよくPさんと話してるんですよ。

ね?見えたでしょ。

こんな訳のわからぬ与太話もいいですかね。
こんな話がいいってご所望なされるご奇特な方へ。
たまには(いつもか)


急流

最近は、何もかもが古くなってゆく。
それにしがみ付く人、新しい時を受け入れる準備をした人
ぼんやりとそれらを眺めている。

 

そんな中こんなことはしてる。
年賀状ソフトで遊んでるようなレベル。
こういう事は若きクリエイターがよりよいと…
それくらいは重々承知。

bi

なんでって…こんな簡単にわーるどわいど感。
という事に気が付くかそうでないか、で人生は大きく違う。

そんな種を撒き続けよう。

 

 

何度かブログで書いてる、筒井大先生の『急流』
あのような流れる時間。
『あれよ』『あれよ』と時が流れてる。

さて急流の先そしてその先。

『あれよ』の先もまた、美しい。


すきーすき?

『身体が弱いから鍛えないと、大人になった時にこれくらい出来ないと』と
郊外の山に住んでいたじーちゃんは、幼少の頃は週末毎に家に迎えに来た。
小学生低学年中、冬休みは当然合宿。

じーちゃんの若かりし時代、勤務先で山の中の郵便局では移動手段のひとつだった。
アザラシ皮のゾンメルスキーで華麗にテレマークを決めるじーちゃんは旭山の赤い彗星(笑)

スキー場での練習はもちろん滑り方など子供用ではない。
カンダハで泣きながらついてゆく私にそのうち愛想を尽かし
自主練を課してさっさと一人リフトに乗って行ってしまう。

ゲレンデスキーとは孤独なのだ。子供心に思った。

山林トレーニング、気を抜くと立ち木にぶつかる。下手だからぶつかる。
有刺鉄線の牧場トレーニング、気を抜くと有刺鉄線に激突する。
田圃の中の歩行自主練、気を抜くと深雪の下の田んぼの泥水に埋まる。
スキーとは孤独だ。
吹雪の田んぼのまんなかで大の字に埋もれ(この方が温かい時もある)
空を見上げ囁く雪を騒ぐ風を仰ぎ見る…のは楽しかった。
孤独のはずなのにその何者かを…どう思っていたのだろう。

当時小学低学年ってカンダハ(今の山スキーとかのに似てる)だったから、
冬休みが終わるころはもう板がボロボロだった。
そうだ、同級生は山林や有刺鉄線のある所や田んぼで練習しない。
と、ずいぶん後から気が付いた。

説明したところでカテゴライズ出来ないスキー。
その頃がきっと今までで一番スキーをしていた気がする。
あ、かんじきと言う名のスノーシューもね。

 

こういうのはその頃面白いとか面白くないとか考えたことないんだけれど、
雪だけのせいじゃない真っ白な時間は好きだった。

 

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

で、じーちゃんの言った大人になってずいぶん経った今
どうだったかと聞かれると…
今もこんな風に遊んでいます、おかげさまでこうしてネタに出来ました。
と笑うが吉

 


さんためーるのおもひで

昨日はゲストがお帰りになられた後、ちまちまと作っていた。
丁度叔母からご依頼があって
12月と言えば…。

母が8人兄弟という事で従妹の数も多い中で育ってきた。
今回ご依頼のあった叔母の家にいる従妹は一回りほど年下

二十歳過ぎ、
札幌に住んでいた私がサンタメールと言うのを見つけて送ってみようか…と。
実家や、その従妹と歳の近い何人かに送ったら一番喜んでたのが彼女だ。
彼女の父はその何年か前に急逝して当時はまだ小学生低学年だったはず…。
小学校高学年になったら、もう楽しんでもくれないだろうなぁ。
って一年限りのつもりだったのだが…
当時人見知りで無口な彼女が、熱い反応を示して要望したらしい。

それを叔母から聞いた母、
母自体はサンタメールに自分は薄い反応だったのに、
『誰でも郵便局行ったらサンタメール送れるよ…』
なんて私の言葉は全く以てスルー。
私にサンタメール係を特命し、以後何年かサンタメールを送る係となった。

あれから数十年が経ち…
彼女は叔母と一緒に住み、働きながらシングルで二人の子を育てている。

佳き満月で無事発送できそうです。
叔母の注文と一緒に。

ちょっと遅くなったけれど。
大人になったあなたへ サンタメール