「FOOD」カテゴリーアーカイブ

バタークリーム

バタークリームができるまで

バターは室温で白くなるまでかき混ぜる

 

卵は全卵を使うタイプだったので、
砂糖を入れてボールを直火にあてながら撹拌します。
プロは赤(銅製ボール)で作業します。

 

今は火を入れない作り方もありますが、
なんとなくこの光景を見てたから…
(ちなみにボールが小さかったことは後悔している)

 

そして、少量の水と砂糖 飴の温度まで…煮詰める

 

 

そぉーっと淵から卵のボールに少量ずつ入れる
そして温度が下がるまで混ぜる。
(ここは 忙しかったので写真はありません)

 

そしてバターと合わせお好みで洋酒など…


できあがり。

 

イマドキレシピより、甘さ控えめのレシピです。
(昔のケーキ本をみて作っています
今のレシピってどれも砂糖多いですね)

その後 生ホイップクリーム作って思いました。
バタークリームはやっぱり工程が多いですね。

北海道でも特に道東は豊かな乳製品に恵まれていて
本当にうれしい。(ほとんど Pさんが食べますけど)

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なんでできるの?って聞かれることあるのだけれど。
確かに30年程前、
ケーキ屋さんのバイトもしていて見てはいたけど
作ったわけではなくて工程を見てることが多かったけれど…。
作ると思い出すのよね、その時仰ってたオーナーの言葉。
あぁここでこれ入れるのか。みたいな…。

有名店のに50%がバターですって書いてあるのみたけれど。
計算したらこれもっとバター分が多いレシピなのよね…

主婦だからとか ご飯作らないと!だから…
くらいしか答えがないのは語彙が足りないのだろうなぁ…。

七草の頃

年末年始のリセットに七草粥
理に適ってるよなぁと先人の知恵を尊敬する今日この頃。
そういうものを身体が欲する年頃なのかもしれませんが、冬眠期なんだろう位に受け止めて、身体の声を聴きつつ食事をしてとるように心がけています。


(白菜すきです)
基礎代謝が上がる冬の方が痩せやすかったりしますよね。
Pさんはとても顕著で、夏よりハイカロリーを心掛けないとすぐサイズダウンします。
なんともかんとも。


(ご飯の後のPさんのおやつ ジャムは多分アロニア)


(作るとすく消費されてゆくおかき 1皿目は砂糖醤油味 これは2皿目塩味)

 

 

新春にちょこっと書きましたお話、お問い合わせなどぽつりと頂いております。
ありがとうございます。
これ…私が一番楽しんでいます(*^^*)

餅とパンと…

酵母をおこすには便利なストーブの季節になりました。
レーズンとアーモンドライ麦と全粒粉のパンとか…
気を補ったり血を補ったり腎を補ったり…。

これからの季節肺の免疫力に肺を潤すもち米
余分な水分排出小豆とで大福。

なんてうんちくと言った所でであっという間に食べられてしまう。

風邪らしい風邪にも病気にもならないでいてくれているから
よいことにしよう~。

B&T

遅めのランチ間に合った。

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チキンスープ 今日の辛さは3番で
人参の高騰がここにもと思った。
何はともあれスパイス充はうれしい。

 

 

 

B&Tカリーカフェ釧路店
北海道釧路市愛国西1-37-17

リンゴのケーキ

毎年この頃になると茜か旭でリンゴケーキを作ります。
茜はまだ本州産でしたので今回は北海道産の旭、バターとグレープシードオイルを切らしていて、手元にあったアボカドオイルを使って。
これらの品種なかなか大手のスーパーでは見かけないのだけれど、近所のスーパーで取り扱ってくれていてうれしい。

 

レイキを取得してからは
やはり食べ物ひとつでも選び方変わってきているように思います。
同じもので産地が色々あったりするものは、
道東産、北海道産…の順番で選んでみたり、
使う油がその日によって違ってみたり…
ほんの申し訳程度ですけれど。

毎日の事なので積み重ねていくことって大切だなぁと、
ひしひし身を持って感じる年齢になりました。

 

 

とは言えファーストフードとか元々は好きでしたので、
今でも一通り試したりしています。
最近はコンビニの糖質控えめブランパンやスムージーなど
手軽なのありますよね。

カモミール亭にいらっしゃる方の中には、お仕事の関係で外食が続く方、深夜までお仕事の方なども多いですから、そういった方達とお話しするときの参考にもなります。

 

 

 

余談ですが

学生時代に友人と旅の途中深川で、リンゴを買ったことを思い出します。
茜だったか旭だったか…。
ほんと、深川のリンゴ美味しいんですよね。
大好きなウロコダンゴも買いました。
旅に行ったのはきっと今頃だったんでしょうね…。
旭川から函館本線で深川、留萌線に乗り換えて留萌
そして今はもうなくなってしまった羽幌線での旅でした。